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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3019号 判決 1985年4月19日

原告

高木政雄

ほか二名

被告

株式会社八百鶴

ほか一名

主文

被告らは各自、原告高木政雄に対し、一五七三万五八五三円及びうち一三八三万五八五三円に対する昭和五七年九月四日からうち五〇万円に対する昭和五七年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告高木ミツ子に対し、一五二八万五八五三円及びうち一三九三万五八五三円に対する昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告相川小夜子に対し、一七六万円及びうち一六〇万円に対する昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告高木政雄に対し、二二七四万八二八〇円及びうち一九九七万八二八〇円に対する昭和五七年九月四日から、うち七〇万円に対する同年一〇月一日から各支払済まで年五分の割合による金員を、原告高木ミツ子に対し、二一九七万八二八〇円及びうち一九九七万八二八〇円に対する昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告相川小夜子に対し、二二〇万円及びうち二〇〇万円に対する昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 発生時 昭和五七年九月二日午後九時二〇分ごろ

(二) 発生地 大阪市東淀川区上新庄一丁目二番二三号先交差点(大阪高槻京都線)

(三) 加害車両 軽四輪貨物自動車(大阪四三い四八九一)

右運転者 被告加治堀

(四) 被害車両 軽二輪自転車(一大阪き六三五九)

右運転者 訴外高木省三(以下「訴外省三」という。)

(五) 事故の態様 被害車両は事故発生交差点を南から北へ対面の青信号に従つて進入し、直進したところ、北から西へ右折しようとした加害車両が交差点中央で一たん停止することなく高速度で被害車両の進行車線の前方に進行したため、右両車両が正面衝突した。

2  責任原因

(一) 被告会社の運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 被告加治堀の一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告加治堀は本件事故当時酒酔い運転をしていたが、交差点を右折するに当り、その中央の自車線内で一たん停車して北進する車両のないことを確認してから右折発進すべき注意義務があるのに、これを怠つて、慢然と高速度で右折進行した過失がある。

3  損害

(一) 訴外省三の損害

(1) 訴外省三の受傷及び死亡

訴外省三は本件事故によつて頭蓋内出血、脳挫傷の傷害を受け昭和五七年九月三日午後六時四〇分死亡した。

(2) 治療費 四七万一八八〇円

訴外省三の死亡に至までの治療費として四七万一八八〇円を要した。

(3) 訴外省三の逸失利益 四九九五万六五六〇円

訴外省三は事故当時三四歳で食肉業者株式会社丸正に雇われて、肉牛の解体作業に従事していたほか牛肉及びタレの販売、はり施術の謝礼等の収入があり、少なくとも同年齢の一般男子労働者の平均賃金年三七二万〇三〇〇円を上まわる収入を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三三年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、四九九五万六五六〇円となる。

(算式)

三七二万〇三〇〇円×(一-〇・三)×一九・一八三=四九九五万六五六〇円

(4) 訴外省三の慰謝料 六〇〇万円

(5) 原告政雄、同ミツ子の相続 各二八二一万四二二〇円

(イ) 訴外省三の相続人は父である原告政雄と母である原告ミツ子のみであつて他に相続人はいないから、その相続分は各二分の一である。

(ロ) したがつて、原告政雄及び同ミツ子は、訴外省三の右(2)ないし(4)の損害賠償請求権合計五六四二万八四四〇円を法定相続分に従い、それぞれ二分の一である二八二一万四二二〇円を相続によつて取得した。

(二) 原告政雄、同ミツ子固有の損害

(1) 慰謝料 原告政雄、同ミツ子各二〇〇万円

(2) 葬祭費 七〇万円

原告政雄が喪主として省三の葬儀を執り行い、遅くとも昭和五七年九月末日までにその費用を支弁した。

(3) 弁護士費用

原告政雄 二〇七万円

原告ミツ子 二〇〇万円

(三) 原告小夜子の損害

(1) 慰謝料 二〇〇万円

原告小夜子と訴外省三とは内縁関係にあつたものであり、右両名は昭和五六年一月から豊中市立花町二丁目二番一二号に新居を借りて、夫婦として同居を始めたが、訴外省三側の親族から早く結婚式を挙げるよう督促され、昭和五七年秋には挙式の予定であつた。原告小夜子の親族はすでに婚姻届が提出済みと思つており、両名を正式の夫婦として取り扱つてきた。原告小夜子が本件事故によつて受けた精神的苦痛は二〇〇万円をもつて慰謝されるべきである。

(2) 弁護士費用 二〇万円

4  損害の填補

原告政雄、同ミツ子は日動火災海上保険株式会社から自動車損害賠償額として治療費分四七万一八八〇円、その他の損害分二〇〇〇万円合計二〇四七万一八八〇円を受領したので、これを相続分(各二分の一づつ)に応じ、右原告両名につき一〇二三万五九四〇円づつ、右原告両名の各損害に充当する。

5  本訴請求

よつて、原告政雄は被告らに対し、各自右3項(一)、(5)、(二)の(1)ないし(3)の合計三二九八万四二二〇円から右4項の一〇二三万五九四〇円を控除した残損害額二二七四万八二八〇円及び弁護士費用と葬祭費を除く一九九七万八二八〇円に対する不法行為の後の日である昭和五七年九月四日から、内金七〇万円(葬祭費)に対するその支弁後の昭和五七年一〇月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告ミツ子は、被告らに対し、各自右3項(一)、(5)、(二)、(1)、(3)の合計三二二一万四四二〇円から右4項の一〇二三万五九四〇円を控除した残損害額二一九七万八四八〇円及び弁護士費用を除く一九九七万八二八〇円に対する不法行為の後の日である昭和五七年九月四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告小夜子は、被告らに対し、各自右3項(三)の合計二二〇万円及び弁護士費用を除く二〇〇万円に対する不法行為の後の日である昭和五七年九月四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項(一)ないし(四)の事実は認める。(五)の事実のうち加害車両と被害車両が衝突したことは認め、被害車両の進行状況は不知、その余の事実は否認する。

2  同第2項(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

3  同第3項の(一)、(1)うち、訴外省三が死亡した事実は認め、その余の事実は不知、同(一)、(2)の事実は認める。同(一)、(3)の事実は否認する。

訴外省三の収入が平均賃金以上であつたとの原告らの主張は立証されていないし、本件では将来平均賃金程度の収入を得られるであろうという蓋然性も認められないから、平均賃金を基礎にして算出された逸失利益には全く合理性がない。

本件の証拠から考えれば、訴外省三の事故前の現実の収入額は月額約一五万円と考えられるので、これを基礎とすべきである。

また、訴外省三の生活費控除については、次に述べるとおり、男子単身者に準じて生活費控除(五〇パーセント)をすべきである。

すなわち、訴外省三と原告小夜子が内縁関係にあつたと言つても、住民票は別々であつたこと、結婚式の予定も全くたつていない状態であつたこと、内縁関係にあつたと称している割には訴外省三の収入について原告小夜子がよく知らない状態であつたこと等から今後も結婚生活を継続していくという蓋然性は低くいし、さらに、訴外省三が得ていたであろう収入額(一ケ月約一五万円)と、原告小夜子の一ケ月一一万円の収入との総額で生活し、生活費として一ケ月一五万円支出していたという事情も含めて考えれば、男子単身者に準じて生活費の控除(五〇パーセント)を考えるべきである。

請求原因第3項(一)、(4)の主張は争う。同(一)、(5)の(イ)の事実は認め、(ロ)の事実は不知、同(二)、(1)の主張は争う。同(二)、(2)の事実は否認する。同(二)、(3)の主張は争う。同(三)、(1)の事実は否認する。同(三)、(2)の主張は争う。

4  同第4項の事実は認める。

5  同第5項の主張は争う。

三  被告らの過失相殺の主張

仮に被告らが損害賠償義務を負うとしても、本件事故は信号機が設置された交差点において青信号に従い既に右折を完了している被告加治堀運転の車両に対し、時速七〇キロメートルないし八〇キロメートルでブレーキをかけることもなく訴外省三運転の自動二輪車が衝突したという事故であるから、被告らは大幅な過失相殺を主張する。

四  右主張に対する原告らの認否

右主張事実は否認する。

訴外省三は、本件交差点の青信号に従つて、南から北へ時速約五〇キロメートルで本件交差点に進入して、直進しようとしたが、被告加治堀も北から南へ直進するような態勢で本件交差点に入り、その中央付近で、訴外省三運転車両が直前まで進行しているのに、急激に同速度で北から西へ右折しようとしたため、その車両左前部と訴外省三車両の前部が衝突(やや角度のついた正面衝突)したものであり、訴外省三の過失は、制限速度を約一〇キロメートル超過していたこと位である。被告加治堀の過失は、酒気帯び、交差点中央での一旦不停止、優先する北進車両の安全不確認、訴外省三車両の直前での急激な右折という圧倒的な過失が重なつている。

訴外省三の一〇キロメートルオーバーの速度違反は、当時の交通量が比較的閑散だつたことを考えると、被告加治堀の圧倒的過失に比べてとるに足らないものである。本件事故は被告加治堀の圧倒的過失によつて発生したもので、訴外省三には過失相殺されるべき過失はない。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様については後記二、2で認定するとおりである。

二  責任原因

1  運行供用者責任

請求原因第2項(一)の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は自賠法三条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

2  不法行為責任

(一)  成立に争いのない乙第三号証、乙第五号証、乙第一〇ないし乙第一四号証、乙第一六ないし乙第一八号証、乙第二七号証(但し、乙第三号証、乙第一一号証、乙第一六号証、乙第一八号証、乙第二七号証の各供述記載部分のうち、後記採用しない部分を除く)、被告加治堀敏郎本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、アスフアルト舗装道路である幅員約一七メートルの南北に通ずる平たんな道路(以下「南北道路」という。)と同じくアスフアルト舗装道路である幅員約一五メートルの北東と南西に通ずる平たんな道路(以下「東西道路」という。)とがX字型に交差する交差点内(以下「本件交差点」という。)の南北道路の延長線内の中央部分である。

南北道路の本件交差点より北側と南側にはそれぞれ横断歩道が設けられており、南側の北行きと南行きは、それぞれ二車線になつていて、本件交差点の北側は南行きが三車線で北行きは二車線になつている。

南北道路の最高速度は四〇キロメートル毎時に指定され、同道路と東西道路には、交通を規制する信号機が設置されており、東西道路上には東海道新幹線の高架橋が設置されている。

南北道路の前方及び左右の見通し状況は良好である。

(2) 本件事故直後に行われた実況見分の際(昭和五七年九月二日午後九時四五分から午後一〇時二五分)は晴で路面は乾燥しており、南北道路の二分間における交通量は、車両が五〇台であり、東西道路は二〇台であつた。なお、本件衝突附近には、加害車両及び被告車両のものと認められるスリツプ痕は残つていなかつた。

(3) 被告加治堀は、本件事故当日である昭和五七年九月二日午後八時過ぎ頃、被告会社の近くの食堂でビール小瓶一本を注文し、食事をしながらビールコツプ一杯半を飲んだこと、その後、被告加治堀は、加害車両を運転して南北道路を時速約五〇キロメートルで南進し、本件事故現場の手前約七四メートルの地点で対面信号が青であることを確認し、右折するために右の方向指示器を出し、約一七・六メートル南進した地点でブレーキをかけて時速約二〇キロメートルないし三〇キロメートルに減速して右側車線(南行き車線の東から三番目の車線)に進路を変更し、更に約二二・二メートル南進した地点で対面信号が青であることを再確認して時速約一五キロメートルで本件交差点に進入し、約二四・八メートル南進した地点(本件交差点のやや中央部分)で、右前方約三六・八メートルの地点に被害車両を認めたが、同車両より先に右折できるものと判断して、一時停止もせずに時速約二〇キロメートル前後に加速して右折を開始し、南西方向へ約六・四メートル進行した地点で、やや左側前方約九・三メートルに北進してきた被害車両を認めて急ブレーキをかけたが間に合わず、約二・八メートル進行した地点で、自車左前部を被害車両の前輪にやや角度をつけた状態で衝突させ(加害車両と被害車両が衝突した事実は当事者間に争いがない。)被害車両は加害車両の南西約三・二メートルの地点に倒れ、訴外省三は、衝突地点から北方に約一一・二メートル離れた南北道路の西側の歩道上にはねとばされた。

(4) 他方、訴外省三は、本件事故当時被害車両を運転し、南北道路を時速約六〇キロメートル前後で南から北に進行していたが、本件交差点の手前では、対面信号が青であるのに気を許し、前方、左右を十分に注視しないまま同速度で本件交差点に進入し、自車の前輪を加害車両の左前部にやや角度をつけた状態で衝突させて、前記のとおりはねとばされた。

以上の事実が認められ、前掲乙第一八号証、乙第二七号証中には、被告加治堀の本件事故前のビールの飲酒量についてコツプ一杯との供述記載部分が存するけれども、右各証拠は、前掲乙第一六号証、乙第一七号証の供述記載部分及び被告加治堀敏郎本人尋問の結果と対比してにわかに採用し難い。

また、訴外省三の本件事故直前の北進速度について、前掲乙第三号証には、時速約七九キロメートルであつた旨の、乙第一八号証には時速七〇~八〇キロメートル位出ていた旨の、乙第一一号証には時速約七〇キロメートル前後であつた旨の各供述記載部分があり、乙第一六号証、乙第一八号証及び被告加治堀敏郎本人尋問の結果中には、右前方に被害車両を認めたが、同車両より先に右折できるものと判断して時速約二五キロメートルに加速して右折を開始した旨の供述部分が存するけれども、右各証拠は、以下に述べる理由により採用し難い。

すなわち、前掲乙第五号証によると、被告加治堀が被害車両を認めた地点から衝突するまでの距離は、加害車両からは約九・二メートルで、被害車両からは約二九・二メートルであることが認められるから、被告加治堀が被害車両より先に右折できるものと判断して時速約二五キロメートルに加速して進行したとすれば、衝突するまでの時間(一・三三三秒)から計算すると、被害車両の速度は時速約七九キロメートルであつたことが推認される。ところが、前掲乙第一三号証によると、本件事故の目撃者である小森武は、昭和五八年四月二五日大阪府東淀川警察署において、司法警察員に対し、本件事故当時自家用普通乗用自動車を運転し、南北道路を時速約四五キロメートルで北進していたことから、被害車両の速度は時速約五〇キロメートルないし五五キロメートルであつた旨の供述をしており、右小森の供述は本件事故発生時から約七か月後の供述ではあるが、同人は本件事故の当事者とは全く利害関係のない第三者であることを考慮すると、右供述には高度の信憑性があるものといわざるを得ない。

被告加治堀の時速約二五キロメートルに加速して右折開始をした旨の供述は、同被告が現実にスピードメーターを見ての供述ではなく、感覚によるものであること、被告加治堀が被害車両を認めて同車両より先に右折できるものと判断して加速するまでの知覚反応時間(弁論の全趣旨及び経験則により〇・四〇八秒であることが認められる。)等を考えあわせると、被告加治堀が被害車両を認めて、時速約二五キロメートルで右折開始をしたものとは推認し難い。

弁論の全趣旨によれば、被害車両が約二九・二メートル進行するのに要する時間は、時速約五〇キロメートルの場合は、秒速一三・九メートルであるから約二・一〇一秒、時速約五五キロメートルの場合は、秒速約一五・三メートルであるから約一・九〇八秒、時速約六〇キロメートルの場合は、秒速約一六・七メートルであるから、約一・七四九秒、時速約六五キロメートルの場合は、秒速約一八・一メートルであるから約一・六一三秒、時速約七〇キロメートルの場合は、秒速約一九・五秒であるから約一・四九七秒、時速約七五キロメートルの場合は秒速約二〇・八メートルであるから、約一・四〇四秒、時速約八〇キロメートルの場合は、秒速約二二・二メートルであるから、約一・三一五秒であり、加害車両が約九・二メートル進行するのに要する時間は、時速約一五キロメートルの場合は、秒速約四・二メートルであるから約二・一九〇秒、時速約二〇キロメートルの場合は、秒速約五・五メートルであるから、約一・六七三秒、時速約二三キロメートルの場合は、秒速約六・四メートルであるから約一・四三八秒、時速約二五キロメートルの場合は、秒速約六・九メートルであるから約一・三三三秒であることが認められる。

本件事故直前における被害車両と加害車両の速度については、鑑定の申請もされていないため、証拠の上では正確に認定することは困難ではあるが、前記認定の加害車両と被害車両との距離関係や速度等を考えあわせると、結局、本件事故直前における訴外省三運転の被害車両の速度は、時速約六〇キロメートル前後であり、被告加治堀運転の加害車両の速度は時速約二〇キロメートル前後であつたと推認するのが相当である。

以上の次第で、訴外省三の本件事故直前の北進速度についての前記乙第三号証、乙第一一号証、乙第一八号証の各供述記載部分並びに前記乙第一六号証、乙第一八号証中の被告加治堀が、時速約二五キロメートルに加速して右折開始をした旨の同被告の各供述記載部分及び被告加治堀敏郎本人尋問の結果中、右同旨の供述部分はいずれも採用し難い。

他に、前記認定を左右するに足りる的確な証拠はない(被告加治堀敏郎本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三一号証、右被告本人尋問の結果によつて被告ら主張通りの写真であることが認められる検乙第一号証の一ないし八によつても前記認定を左右するに足りない。)。

(二)  以上の認定事実によれば、原告加治堀は、本件事故当時加害車両を運転して南北道路を南進し、本件交差点に時速約一五キロメートルで進入し、同交差点において右折するにあたり、南北道路を北進して本件交差点に進入しようとしていた訴外省三運転の被害車両を右前方約三六・八メートルの地点に認めたのであるから、減速徐行または一時停止してその動静を注視し、安全を確認して右折進行すべき注意義務があるのに、先に右折できるものと判断してその安全を十分に確認することなく、時速約二〇キロメートル前後に加速して右折進行した過失により、本件事故を発生させたことは明らかであるから、被告加治堀は民法七〇九条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

なお、原告らは、被告加治堀は、本件事故当時酒酔い運転をしていた旨主張するので、この点について判断するに、確かに、被告加治堀が本件事故当日である昭和五七年九月二日午後八時過ぎ頃、食事をしながらコツプ一杯半のビールを飲んでいたことは前記認定のとおりであり、また、前掲乙第一四号証には、本件事故発生後、司法警察員らが松本病院に急行し、当直医師の許可を得て病室に入つたところ、被告加治堀は意識不明の状態であり、飲酒検査は不能であつたが、酒気がただよつていて飲酒していることが判明したとの記載部分が存する。

しかしながら、被告加治堀の飲酒時間が本件事故発生時より約一時間二〇分前であることと、被告加治堀敏郎本人尋問の結果を総合すると、被告加治堀は、コツプ一杯半のビールを飲んだだけでは車両の運転に何ら影響を及ぼすものではないことが認められるから、前記認定の飲酒時間、飲酒量及び前掲乙第一四号証によつては未だ被告加治堀がアルコールの影響によつて車両の正確な運転ができないおそれがある状態で加害車両を運転していたものとは認め難く、他に、被告加治堀が本件事故当時、酒酔い運転または酒気帯び運転(呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有する状態で車両を運転)をしていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

したがつて、原告らの前記主張は採用しない。

三  損害

1  訴外省三の損害

(一)  訴外省三の受傷及び死亡

訴外省三が死亡したことは当事者間争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によれば、訴外省三は本件事故によつて頭蓋内出血、脳挫傷の傷害を受け、昭和五七年九月三日午後六時四〇分松本病院において死亡したことが認められる。

(二)  治療費 四七万一八八〇円

訴外省三の死亡に至るまでの治療費として四七万一八八〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(三)  訴外省三の逸失利益 四九九五万七六〇二円

成立に争いのない甲第三号証、原告相川小夜子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、甲第六号証、甲第八ないし甲第一〇号証、甲第一八号証、甲第一九号証、甲第二〇号証の一ないし七一、甲第二一号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第七号証、原告相川小夜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外省三は、昭和二三年四月一六日生で、本件事故当時三四歳の健康な男子であり、豊中市立花町の屠場に出入する食肉業者株式会社丸正に雇われて、午前七時頃から午前一一時半頃まで肉牛の解体作業に従事し、午後からは食肉業者から仕入れた牛肉や独自に工夫して作つた焼肉用のタレ等を焼肉屋、お好み焼屋、炉ばた焼等の飲食店に出張販売をして収入を得ていたほか昭和五五年三月頃から、はりの修業を始め、昭和五七年三月二六日明治鍼灸柔道整復専門学校の第二鍼灸科に入学しており、はり施術の謝礼等の収入もあつたことが認められる。

原告小夜子は、訴外省三の収入について、<1>肉牛の解体作業による収入は月額約五万円、<2>牛肉とタレの出張販売による収入は月額約三五万円から四〇万円、<3>はり施術の謝礼による収入は月額約六万円(以上合計月額四六万円から五一万円、年額五五二万円から六一二万円)であつた旨の供述をし、さらに、訴外省三は、昭和五六年一月頃から前記のはり専門学校に入学するために一か年間で三〇〇万円の貯金をした旨供述するけれども、右<1>ないし<3>の収入を裏付ける帳簿等は存しないし、原告小夜子の右供述中には、右<2>の収入の算定根拠となるべき仕入値、売り値や経費については知らないとの供述部分や首尾一貫しない供述部分及び伝聞または原告小夜子の意見にわたる供述部分が存するので、原告小夜子の右供述の信憑性に疑問がある。したがつて、訴外省三が、本件事故当時、月額約四六万円から五一万円(年額約五五二万円から六一二万円)の収入を得ていたものとは認め難い。

しかしながら、前掲各証拠を総合すると、訴外省三は、本件事故当時、少なくとも、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計男子労働者の三〇歳から三四歳までの平均賃金相当額である年額三七二万〇三〇〇円の収入を得ていたものと推認される

そして、訴外省三の就労可能年数は死亡時から三三年、生活費は収入の三〇パーセントと認めるのが相当であるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、四九九五万七六〇二円となる。

(算式)

三七二万〇三〇〇円×(一-〇・三)×一九・一八三四=四九九五万七六〇二円

なお、被告らは訴外省三の逸失利益の算定にあたつては、<1>月額一五万円(年額一八〇万円)を基礎とし、<2>生活費控除の割合は、男子単身者に準じて収入の五〇パーセントとすべきである旨主張するけれども、右<1>については、前記認定のとおり、前掲各証拠を総合すると、訴外省三は本件事故当時、少なくとも、前記の賃金センサス男子労働者の三〇歳から三四歳までの平均賃金相当額の収入(年額三七二万〇三〇〇円)を得ていたことが推認されるのであり、右<2>については、後記3で認定のとおり、訴外省三は、昭和五六年一月頃から原告小夜子と同棲しており、昭和五七年秋頃に挙式の予定であつたことが認められ、実質的には、世帯主と同視しうべき実体関係にあつたものというべきであるから、被告らの右主張はいずれも採用しない。

(四)  訴外省三の慰謝料 六〇〇万円

本件事故の態様、訴外省三の傷害の部位、程度、治療の経過、訴外省三の死亡時の年齢、親族関係、その他本件に現われた諸般の事情を考えあわせると、訴外省三の治療期間中及び死亡に伴う慰謝料額として六〇〇万円と認めるのが相当である。

(五)  原告政雄、同ミツ子の相続 各二八二一万四七四一円

訴外省三の相続人は、父である原告政雄と母である原告ミツ子のみであつて他に相続人はいないことは当事者間に争いがないから、原告政雄、同ミツ子は前記三の(二)ないし(四)の損害請求権五六四二万九四八二円を法定相続分に従い、それぞれ、二八二一万四七四一円を相続によつて取得したものと認められる。

2  原告政雄、同ミツ子固有の損害

(一)  慰謝料 原告政雄、同ミツ子各二〇〇万円

本件事故の態様、訴外省三の傷害の部位、程度、治療の経過、訴外省三の死亡時の年齢、親族関係、その他本件に現われた諸般の事情を考えあわせると、原告政雄、同ミツ子の慰謝料額としては、それぞれ二〇〇万円と認めるのが相当である。

(二)  葬祭費 原告政雄五〇万円

前掲甲第一八号証、原告相川小夜子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一一号証、甲第一二号証の一、二、甲第一三号証、甲第一四号証、甲第一七号証、原告相川小夜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告政雄が喪主として、訴外省三の葬儀を行つていることが認められるところ、訴外省三の死亡時の年齢、社会的地位、家族構成等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬祭費の損害は五〇万円と認めるのが相当である。

3  原告小夜子の損害

慰謝料 二〇〇万円

前掲甲第三号証、甲第五号証、甲第一一号証、甲第一三号証、甲第一四号証、原告相川小夜子本人尋問の結果によつて同原告主張通りの写真であることが認められる検甲第一号証、原告相川小夜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外省三は昭和四八年五月三〇日訴外和田美佐子と婚姻したが、同人とは昭和五五年二月二三日協議離婚をしたこと、原告小夜子は、昭和五二年頃訴外省三と知り合つて交際を続け、昭和五六年一月頃から豊中市立花町二丁目二番一二号に新居を借りて同棲し、生活費約一五万円は、訴外省三が負担し、原告小夜子の勤務先である株式会社ダイエーからの収入は、新居に入居した当時ほとんど何もなかつた家財道具類を買い揃えていたこと、訴外省三は、昭和五六年一一月頃、原告小夜子の妹の結婚式に同原告の夫として出席し、結婚記念写真の撮影にも加わつていること、原告小夜子と訴外省三は、昭和五七年秋頃に挙式の予定であつたこと、原告小夜子は、訴外省三の葬儀には、同人の妻として列席し、原告政雄、同ミツ子に次いで三番目に焼香し、原告小夜子の母相川マスも訴外省三の妻の母親として列席し、葬儀委員長より先に焼香していること、原告小夜子は勤務先である株式会社ダイエー富田店の店長、同次長から弔電を受けたが、その宛名は「タカギサヨコ」であつたこと、原告小夜子は、本件事故によつて配偶者と実質的に同視しうべき実体関係にあつた訴外省三を失い、甚大な精神的苦痛を受けたことがそれぞれ認められるところ、本件事故の態様、原告小夜子の年齢、同棲期間及び昭和五七年秋頃に挙式の予定であつたこと、その他本件に現われた諸般の事情を考えあわせると、原告小夜子の慰謝料額としては二〇〇万円と認めるのが相当である。

四  過失相殺

前記二、2の認定の事実によれば、本件事故の発生については訴外省三にも制限速度の遵守義務及び前方注視義務を怠つた過失が認められるところ、前記認定の被告加治堀の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告らの損害の二割を減ずるのが相当と認められる。

そして、過失相殺の対象となる損害額については、原告政雄については、前記三、1、2で認定した合計三〇七一万四七四一円であり、原告ミツ子については、前記三、1、2で認定した合計三〇二一万四七四一円であり、原告小夜子については、前記三、3で認定した二〇〇万円であるから、これから二割を減じて原告らの損害を算出すると、原告政雄については、二四五七万一七九三円、原告ミツ子については、二四一七万一七九三円、原告小夜子については、一六〇万円となる。

五  損害の填補

請求原因第4の事実は、当事者間に争がない。

そうすると、原告政雄の前記損害額二四五七万一七九三円から右填補分一〇二三万五九四〇円を差引くと、残損害額は、一四三三万五八五三円となり、原告ミツ子の前記損害額二四一七万一七九三円から右填補分一〇二三万五九四〇円を差引くと、残損害額は、一三九三万五八五三円となる。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告政雄については、一四〇万円、原告ミツ子については、一三五万円、原告小夜子については、一六万円と認めるのが相当である。

七  結論

よつて被告らは各自、原告政雄に対し、一五七三万五八五三円及びうち弁護士費用と葬儀費を除く一三八三万五八五三円に対する本件不法行為の後である昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、うち五〇万円(葬祭費)に対する本件不法行為の後である昭和五七年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告ミツ子に対し、一五二八万五八五三円及びうち弁護士費用を除く一三九三万五八五三円に対する昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告小夜子に対し、一七六万円及びうち弁護士費用を除く一六〇万円に対する昭和五七年九月四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 喜如嘉貢)

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